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とうさんの現在の愛車!トライアル競技専用なのでナンバー無しです! (GASGAS TXT250)
” 昭和を走り抜けたオフロードバイクと私 ”
なんか、カッコいい(ダサい?)タイトルですねぇ!
”私” というのはもちろん、とうさんのことです!
まぁ・・、今では三人の娘を持つオヤジではありますが。
そんなオヤジの青春時代はというと、つまり”昭和”の時代・・・。
ずいぶんと昔のことのように思えるのですから、
それだけ長く生きてきたのでしょう・・・。
今にして思えば、あっという間に走り抜けてしまったように思います。
共に昭和の時代を走り抜けた、たくさんのバイクたち。
そのバイクたちすべてに、私なりの思い入れというものがあります。
そんなバイクたちの中で、
特に深い思い入れがあるものを、いくつか並べさせて下さい。
まずは高校時代の思い出からです。
高校生活最後の3年生の夏休みに、
私と同級生2人と共に大阪から北海道へのツーリングを計画。
16日間にも及ぶロングツーリングでした。
当時、「ゆっくり走ろう北海道」の緑色のステッカーが
なぜか、やたら流行っていたような記憶があります。
それを裏付けるかのように、
当時北海道ではどの町でも、町の手前付近で必ずネズミ捕り(スピード検問)!
ある町の検問所で、違反をした訳ではありませんが検問に遭い、
その時に警官から「ゆっくり走ろう・・・」ステッカーをもらったことを覚えています。
そんな懐かしい北海道ツーリングの、
およそ3,000kmを共に走りきってくれたのが、
ライムグリーンがとても良く似合ってた「カワサキ125TR」です!
全部野宿でしたが、旅先でのたくさんの人との出会いがありました。
このバイクと共に、生涯忘れない本当に最高の思い出です。

そして、現在もできるものならば手に入れたいと思っている、
私のオフロードバイクの原点!
真っ赤なタンクに白い” YAMAHA ”の文字が大好きだった
「ヤマハトレールDT250」。
友人がオレンジタンクに乗ってたけど、絶対赤がイイ!と思ってた!
ていうか、今でも思ってる。
ヤマハのトレールといえば、絶対忘れることのない、
とんでもない凶暴なバイクもあった。
何がとんでもないかというと、
納車の日のこと、
購入した中古車店にそのバイクを引き取りに行った時の事です。
バイク屋のおやじからキーを受け取り、
初めてそいつのエンジンをかけようと、キックをした次の瞬間・・・・!
まさか、というか知らなかったが故に、想像もしていなかった恐怖のケッチン!!
紐をしっかりと締めていなかった右足のスニーカー・・・、
多分20m位先までは飛んだ!
おまけに右足のかかとの上のあたりも、しばらくの間は赤く腫れあがったっけ。
・・・・、それからというもの、エンジンをかける度にそいつと真剣勝負!
私を『キックの鬼』にしてくれた、
黒タンクに黄色ラインの「ヤマハトレールRT1」。
そうかと思えば、こんなバイクも・・・、
そいつにまたがって街中に出たのはいいけど、
最初に出くわした見通しの悪い左カーブに差し掛かったとき、
普通なら機嫌よくコーナーの内側にバイクを傾けてコーナリング♪
・・・・のはずが、
「・・・まっ、曲がらん!!」
と、なると当然のごとくそのまま対向車線へ・・・・(冷たい汗が)、
幸い対向車が来てなかったので大事には至らなかったけど・・・・。
バイクが傾くことをかたくなに拒む、
たちの悪い・・・いや、立ちの強い?「スズキバンバンRV90」。
私の趣味でもあるトライアルバイク。
そんなトライアルの楽しさと奥深さを教えてくれたのが、
「ホンダバイアルスTL125」
そして、トライアルの基本テクニックのすべてを身につけさせてくれた
「ヤマハTY125」
豪快なパワーで、基本テクニックの応用力をしっかり養ってくれた
「ヤマハTY250」
そして、
生駒テックでお世話になった
「あるお方」から特別に譲っていただいた
当時のRSC(現HRCの前身)仕様の「RS220改」(240改?・・・大幅に改?)。
ぱっと見、ノーマルとの違いに気が付かないくらい、きれいにまとまった外観に対して、
ノーマルとはまるで別物だったパワーというか、トルクに感激。
なのに、そのパワーに反して、なんともしなやかなライディングフィール!
4スト本格派トライアルマシン初体験でありながら、最初からさほど違和感も無く、
なんだか急激に自分のテクニックが上達した (ように思えた?) そんなマシンでした。
今でも、本当にいいマシンだったと、印象深く記憶に残っています。
他にもまだまだ、本当にたくさんのバイクたちが・・・。
ただ、あの頃のバイクたちはみんなそれぞれ、
良くも悪くも、なんともいえない強い個性(アク?)があったように感じます。
今にしてみれば、そんなところがあって、だから大好きなのかもしれません!
でも、なぜオフロードバイクが好き?
とうさん、そもそものオフロードバイクとの出合いは、
・・・それは17歳にまでさかのぼる事に。
17歳といえば、今からざっと30年以上も前のお話し。
そうなんですねぇ、高校生ですよ・・・・。
今にして思うと、なんだか毎日がすごく輝いていたように思えるのは、
くどいようですが、これも『昭和という時代が輝いていた』
からなんでしょうか?
オフロードバイクと出合ったこの年、
今でも忘れない、私にとって鮮烈な印象を与えてくれたテレビCMがありました。
数少ないバイクのCMだったのですが、
そのCM映像の舞台になっているのは、
アメリカの西海岸、インディアンデューンズという広大な大地。
日本ではまずお目にかかれないような、
ひたすらまっすぐ続く、小高い丘が連続しているアップダウン!
アップダウンを豪快に疾走する一台のオフロードバイクが映し出されます!
そのシーン、カメラはなんと上空から追いかけて捉えるという豪快な映像でした。
実はこのCM、
ホンダが初めて2ストロークエンジンを積んだオフロードバイクとして世に送り出した
「ホンダエルシノア」のCMです。
そしてこのCMのライダーはなんと ”スティーブ・マックィーン” !!
乗っていたマシンはCR250Mという、
これまたホンダ初の2ストロークエンジンを積んだモトクロスマシン!
それはさておき、このCM!とにかく!マジで!メチャクチャカッコ良かった!!
アメリカ西海岸をバイクで走りたい!と本気で考えました!

エルシノアのCMに出演していたマックィーン。
考えますに、当時は高度経済成長真っ只中!
昭和日本の最高の時代!今とはなにもかもが違ったといってもいい時代です!
そういえば、今では考えられないことでしょうけれど、
当時私の通っていた高校(大阪市立)は、なんとバイク通学がOKだったのですから。
ただし正式にOKだったのか、黙認だったのかは記憶が定かではありません。
いずれにしても、校内に自転車置き場と同様にバイク置き場がありましたね。
もちろん、私もバイクで通学していました。
そもそもオフロードバイクとの出会いは、このバイク通学が発端だったように思います。
バイク通学を始めた当時、私が所有していたのはホンダCB125Kというバイク。
グリーンと白のツートンの燃料タンクに、
ニーグリップ用のゴムラバーがついたオンロードバイクでした。
しかも、走行距離は10,000kmを軽くオーバーしていた中古バイクだったのです。
(↑ スミマセン、相当マニアックな内容です、解る人には解る内容なのですが・・・。)
バイトで貯めたお金で初めて手に入れたバイク、ホンダCB125(同型)

当時、バイクを使っての通学時間はおよそ30分強。
ただし、普通に市内の一般道路を走行しての所要時間です。
というのも、当時の自宅近くから学校付近までは、
走れるものであれば河川敷の荒れた道(道はない?)を走るとほぼ一直線!
ということは、メッチャ近道なのです。
どのくらい近道かというと、なんと半分以下の所要時間(15分弱)しかかからないのです。
ただし凸凹道で、アップダウンもジャンプもあり!みたいなダートコース。
しかし、私のバイクはCB125というオンロードバイク。
無理をすれば走れない訳ではないのですが、
なにも通学時間にそんなアドベンチャーをする気にもならないし。
ところがある時、愛車のCB125でちょっとした事故を起こし、
フロントフォークが曲がってしまい走行不能の状態に・・・。(・・・ちょっとした事故か?)
破損した修理代はというと、
中古で購入したこのバイクがもう一台買える!みたいな金額。
言い忘れてましたが私の親父は、
「バイクに乗りたいんやったら自分で買え!!」
でしたから。
当時はともかく、今から思うといい親父ですよね。
実際このバイクも、私がバイトをして貯めた金で購入したのでした。
当然、そんな修理代が即出せる訳もないし、どうせなら乗り換えたいとも思うし・・・・。
それから当分は、学校がある平日も夜間のバイトに明け暮れる日々が始まりました。
(高校生の本分を忘れてないかって?いいえ、これが当時の私の本分!?)
ただ、バイトに行くにもバイクがなければ時間的に厳しい、という現実もありました。
そんな時、当時の私のバイク仲間の一人で、やはりバイク通学していたN君が私に、
「バイク無かったら困るやろ?通学だけ二人乗りしてくれたら、
あとは俺のバイク貸しとくから好きに使ってええよ」
なんて言ってくれたのです。
本当に、本当に嬉しかったですねぇ。
結局私は申し訳なくも、遠慮なくその言葉に甘えさせてもらいました。
それから毎朝、学校に向かう途中にあるN君の自宅に寄って、
そこから二人乗りで学校へ向かうという毎日が始まりました。
私がバイトで貯めて次の愛車を購入するまでの、およそ3ヶ月は続いたと思います。
で、オフロードバイクとの出会いのお話なのですが、
実はここからになります!(長くなってスミマセン。。)
この時にN君から借りていたバイク、
「スズキハスラーTS90」
排気量は90ccながら、バリバリのライトウェートオフロードバイク!!
そのハスラーを借りた3日目くらいから、
はじめにお話した例の河川敷の荒れた道が私の通学路になったのです。
この河川敷の行き帰り、私は完全にオフロードバイクにハマッてしまいました。
こうなると、3ヵ月後バイトで稼いだお金で購入したバイクは?というと
当初購入を考えていたバイクからは大幅に軌道修正ということに!
購入したのは真っ赤なタンクの「ヤマハトレールDT-1F」。
オフロードバイクなら絶対これ!と決めていたあこがれの250ccトレールバイクでした。
はじめにも書いたとおり、
このバイクには、本当にさまざまな思い出を作ってもらいました。
なんといっても、ここからが私とオフロードバイクとの付き合いの始まりなのですから。
なんだか、とりとめもなく書いてしまいました。
ここまでお読みいただき感謝です。
書いている私は、勝手に「胸をキュン」とさせながら書いています。(スミマセン)
しかし考えてみると、とうさんの10代後半〜20代半ばにかけては、
まったく女っ気・・基、浮いた話しは無かったなァ・・・。
実際、鼻血が出るくらい一番元気?な年頃だったはずなんですが。
そういえば、休みの度にバイクに乗って山に入っていく私を見て、
いつだったか、親父が真顔でこんなことを言ってたっけ・・・、
『オマエ、女の子に興味無いみたいやけど、
・・・まさか妙な趣味持ってないやろうなっ!?』
そんな訳ないやろっ!
でも、当時親は真面目に心配してたみたいです。
ですからとうさんの場合、
青春してた頃の「胸キュン」の対象は女の子ではなくてバイクなんですねぇ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、なんや淋しい話しやで!!
(この章終わり)
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